Interview

このページはアレハンドロとのインタヴューによって構成させて行きます。少しずつテーマをもうけて実り深いものにしようと思っています。

第2回のテーマは、"社会におけるアーチストの役割" です。

社会におけるアーチストの役割は何でしょう?

エジプト、ペルシャやギリシャなどの世界大文明の中から、今でも生き続けているものを見てごらん。それはアートだよ、その他のものは消えて行く。建築、哲学など、アートは残り、そのおかげで我々は昔の文明を知る事ができる。

アートのない社会は、死んでいる社会だ。人間は真理にはたどり着けない。だたひとつ手に入れる事ができるのは"美"だ。真理に一番近いものだが、真理ではない。"美"がないと、社会は病理に蝕まれるんだ。病気、貧困、戦争、ノイローゼ。。。真理にもっとも近いのが"美"、アーティスチックな"美"だよ。アートによって我々は真理の近くに行く事ができる。

アレハンドロはアーチストとして、何を一番大切にしていますか?

僕はね、コンシャスネスの壁を拡げたんだ。国籍、人種、年齢などを自分の中から排除した。これらのカテゴリーで自分を認識したりはしない。僕に興味があるのは、地球全体としての社会。バラバラに国ごとに分割された地球なんて想像できない。僕にみえるのはトータルな世界、そう、そのトータル性が僕にとっては大事な事だ。経済的な話ではなく、心理的な話としてだが。それぞれの国がその権利や限界を主張しているうちは、我々はまだ子供だ。子供としての国が成長して地球ひとつにならなくてはね。

インタヴューでよく、個人レベル意識、家族レベル意識、社会レベル意識、文化レベル意識の話をしていますね。

我々が生まれてくる時、過去が我々を迎え入れる。この過去というのは、 家族、 社会そして文化的過去のこと。これら、すでに型が作られたものの中に 我々はころがり落ちてくるわけだよ。そして未来。 家族、 社会、文化はがり、地球的な存在になるんだ。健康でありたいならば、まず自分がどのプリゾン(刑務所)の俘虜なのかを見極める事だ。家族、 社会そして文化的プリゾン。例えば"日本人である事"というのは一つの視点だね。でも決して究極の真実ではない。 日本人である事=人間、でもある。一人の人間として、日本人というカテゴリーの中だけに自分を認識するなら、それはプリゾンに生きている事だよ。自分の世界を拡げなければいけない。同じ事を、フランス人、チリ人、アラブ人、アフリカ人、ユダヤ人みんなに言っている。僕の骨は人種や国籍を持っていないんだ。

それぞれ個人の役割はなんでしょう?この世界で多くの人が使命を見つけられずに迷って苦しんでいるように思います。

ある哲学者が言った。"行きて行くために、この世は恐ろしく醜いという事をまず認めなければならぬ"とね。この醜く恐ろしい世界で行きて行くためにまずなすべき事は、自分自身を発見する事だ。他人が自分に望んでいる"自分"ではなくてね。それが第一の衝突さ。満足の行く人生を送るのに必要なのは、自分の場所を見つける事だが、まずそのためには自分の中に自分の本当の場所を見つけなくてはならない。そうでなければ、"自分"はたちまち世の中に食い荒らされてしまう。

どうやって自分自身をみつけられるでしょう?

どうやって?日本にはずっと昔から座禅という瞑想方法があるだろう?自分自身に全ての集中力を向けて、瞑想して我を知る。人間がなにであるかというコンセプトについても。そうだろう?

では禅の瞑想を勧めるのですか?

いやいやちがうよ。瞑想イコール禅ではない。瞑想には国籍もないし、名前もないよ。動く事をやめ、どんなポーズでも、片足をあげたままでもいいから静止し、瞑想する。型にはまったポーズをとらなくてもいいし、僧の衣装を着る必要もないんだよ。だたする事は、静止し、自分と向き合う事。何を感じるのか、何を考えているのか、どんな事を決めているのか、どんな行動に自分が関与しているのか。そしてそれらは自分に合っているのか?そしてその後は、しなければならない事を行動に移す勇気を持たなくてはいけない。ある型からぬけだす、今ある状況から脱出する勇気を持つんだ!もし我々が自分の愛する仕事をしているとしたら、我々は世界にとって非常に役に立っている。周りからはめられたシステムのなかに存在するよりは、はるかに有益なんだ。周りからはめられたシステムのなかにただ残っているとしたら、われわれは無益で、ついには寄生虫になる。いつも求めるばかりで、種まきや行動を起こしていない。

自分が人生の主役になるということですね。

そうだ。自分自身を変えずに世界を変えようとする者は政治を司る。自分自身を変えようとする者は芸術に携わる。

自分自身を発見するには意志も必要だと思うのですが。

意志?このテーマは非常に複雑だな。何の意志のことなのか。君は個人に意志があると思っているだろう。しかし僕が思うには、我々個人には意志はない。だが、宇宙には意志がある。真の意志とはこの宇宙の意志に従うことだ。でもどうやってそれを理解しよう?物事を真に成就するためには、意志をなくす意志をも持たなければならない。それをどうやって理解する?どうやって説明する?これらの事は言葉には表せないよ、それは難しい事だ。内にある自由というものは、実感しなければわからない。もともと光を見た事のない人に、光が何であるかどうやって説明するかね?社会のシステムの奴隷になっている者に、精神の自由が何であるかどうやってを説明する?この者は苦しみの中に生き続けるだろう。彼に、苦しむ必要はないのだという事をどうやってわからせるんだ?どうやって?

例えば子供の時から、親を尊敬しろと叩き込まれる。でも、もしその親が本当にゴミのような奴らだったとしたら、子供には親を忌み嫌う権利があるんだよ。そんな親を尊敬する必要はない。そんな親から離れて自由にならなくてないけないよ!!!もしいい親であれば当然尊敬するんだ。社会に対しても同じ事だ。でもそれがわからない者がこれらをどうやって事を理解できる?

これらの質問は非常に複雑だ、本が一冊書けるよ。

インタヴュー : もちしゃ・えるがと。
2007年11月X日、パリ。





第1回 : 日本とアレハンドロ

El gato えるがと : アレハンドロは日本に行った事があるし、日本文化がお好きですよね。

Alejandro アレハンドロ : 日本文化はとても好きだよ。日本社会の残酷さや、男尊女卑の風習にかかわらずね。日本文化とのはじめての直接的なコンタクトは1958〜60年頃にマルセル・マルソーと供に日本の地を踏んだ事。ボクはその頃は、西洋の野蛮人だった。。。ある日、京都のお茶会に招かれていったんだ。その時の茶道を通じて、"意識"という事を知った。シンプルであると同時に複雑な思想、精神哲学。ボクはその時、アートというものに目覚めたんだ。

えるがと : Ejo TAKATA 師との関係についてお話しして下さい。

アレハンドロ : ボクの禅の師匠であった Ejoとの師弟関係はとても大切なものだ。1960年代にボクはメキシコに住んでいた。その頃、禅に興味を持っていたんだ。どんなものなのか知りたくて、ある心理分析者を通じて彼のところに行き着いた。それから5年間、彼のもとで禅を習ったよ。座禅、公案 (こうあん)。。。すべてボクの人生に役立ったものばかりだ。その時代ボクは、他でカラテも習っていた。

えるがと : え、空手ですか!?

アレハンドロ : そうだよ、体を鍛えながらどうやって、精神哲学を学んで行くのかに興味があったのさ。これも5年間やった。

えるがと : どんな日本のアーチストや作品から影響を受けたと思いますか?

アレハンドロ : 俳句はとても好きだよ、松尾芭蕉など。。。

えるがと : アレハンドロの詩集で俳句のスピリットにインスパイアされたものがありますよね。

アレハンドロ : そうさ。映画ではもちろんクロサワの七人の侍には非常に感銘を受けた。あの時代はみんなこの映画に感動したものだった。特に映画関係の者は。日本ではこの映画はあまり一般には話題にならないらしいけど。あとの侍ものでは、三船敏郎のものをよく見たな。座頭市シリーズは映画もテレビシリーズもぜーんぶ見たよ。大好きだった。でも結構たくさんあったね。

えるがと : ヘ?ざとーいちい? 全部見たんですか?(えるがとは、意外な展開のせいで笑いの発作に襲われてしまいました)

アレハンドロ : 日本の漫画もボクはよく知っているよ。"アキラ"の大友氏とも交流があるしね。サンタサングレの上映で1990年頃に日本にまた行った時に思ったのは、日本人はお酒を飲まないとオープンにならないという事だ。ボクは実は、お酒は飲まない、タバコは嫌い、コーヒーも飲まない。でも、礼儀として日本では招かれた先にウイスキーを持って行ったりしたけどね。

えるがと : アレハンドロの映画しか知らない日本人ファンが聞いたらちょっと以外に思うでしょうね。

アレハンドロ : NYでのエルトポの上映会場(1970年頃)はマリファナの煙だらけだった。上映後挨拶するためにスクリーンに進んで行く時に観客がボクの手にジョイント(マリファナを巻いたタバコ)を持たせたりした。でもボクはドラッグが習慣だった事は一度もない。

えるがと : では少しEjo師匠のお話にもどって。。。師弟関係についてどう思いますか?

アレハンドロ : どんな状況において、何をさがしているのかにもよる、、、真実は存在しない。言葉にした瞬間に真実ではなくなるからだ。良い師匠はどこにでもいるが、よい弟子はなかなかいない。師匠は、"自分自身で学ぶ"事を弟子に教える。師匠は真実探しの手助けであり、真実そのものではない。師匠とは、弟子が"自分の真実"を見つけるための手助けをする人物だ。映画エルトポはEjoの影響を多大に受けているんだよ。

えるがと : アレハンドロの本でEjo師匠との関係を書いたものがありますね。とても感慨深く読みました。

アレハンドロ : 三島由紀夫の作品で、近代日本社会と侍の哲学について書かれた本がある。ボクの息子たちの教育に参考にしたりした。でも言っておくが、ボクはいくら日本文化が好きだと言っても日本だけから影響を受けているわけではない。ボクは、いろんな国のいろんな文化芸術から常に学んでいるんだよ。

左、若かりし頃のアレハンドロ
右、
Ejo禅僧
インタヴュー : もちしゃ・えるがと。
2007年11月7日、パリ。